2017 / 04
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「祝福がすべてを忘れさせる」 創世記41章37~57節

 ヨセフは苦難の中、神に才能を引き出され、エジプトの高官となり結婚し子供が与えられ、長男をマナセ=忘れさせると名付けました。又、「神は悩みの地でわたしに子孫を増やしてくださった」(52節)と、これまでの悪夢のような苦労の連続の生涯は、全て神の導きであり神が様々な苦しい思いを忘れさせてくださった、と振り返っています。

 「忘れさせる」とは水に流してなかった事にするというのではなく、苦労を全て神が用いて下さり祝福の世界に導いてくださった、という事です。他人によって苦しめられた記憶を自分の内に貯め込むと人間関係は崩れていきます。人が自分に何をしたかと恨むのではなく、神が私にしてくださった事を感謝する生き方をヨセフは示しています。過去の傷は神の祝福によってのみ忘れさせて頂けます。神こそ人生の解決者です。神は独り子をお与えになったほどに、私達を強く愛しておりますから、ヨセフの如くに地獄に突き落とされるような事があっても、神を神として仰いでいる限り必ずそこに祝福はあります。

 人が生きるにあたって主体を何処に置いているかが、その人を形成させていきます。ヨセフは徹頭徹尾神が主体の人生でした。父親の元で溺愛され守られた環境にいたら、神が共におられる事を知りえなかったでしょう。「およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです。」(ヘブル12:11)今の苦難と未来の栄光は切ってもきれない関係です。人生は悩みの時があり、祝福の時があるのではなく、悩みの最中にも祝福はあります。悩みの地で得たものが人を豊かにさせていきますから、悩みなしに祝福は頂けません。神を信じる者はこの辛い地の中に神が共にいてくださる人生を感謝して、当座の「今」と永遠の「未来」という二つの時を同時に見つめつつ、どのような日も神から与えられた日として踏みしめていきます。
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小松川教会HP委員会

Author:小松川教会HP委員会

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澤田武主任牧師

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