2017 / 05
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マルコによる福音書14章27~31節

佐々木良子牧師

 「わたしは羊飼いを打つ、すると、羊は散ってしまう」(27節)羊は羊飼いを中心として一つの群をなし、羊飼いがいなければ生命の危機にさらされます。そのように主イエスによって結び合わされていた弟子達は、羊飼いである主イエスが捕えられると、皆、主イエスを見捨てて逃げ出し、もはや弟子として存在は危ぶまれたのです(50節)。信仰者を結び合わせ一つに繋ぎ止めているのは主イエス以外ありませんから、羊飼いを失った弟子達は散り散りに逃げるほかなかったといえます。私達の交わりも主イエスが中心におられないなら、たちまちバラバラになってしまう存在です。

 しかし、ペトロは「たとえ、みんながつまずいても、わたしはつまずきません。」「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません。」(29,31節)自分は他の人とは違うと自信に満ちた宣言です。しかし数時間も経たないうちに、主イエスが仰せになった通り逃げ出しました。「たとえみながつまずいても自分こそは」という彼の自信は彼の弱さだったのです。この時の彼はこの弱さを知る由もなかったのです。ペテロのみならず本当は何も分かっていないにも拘らず、自分のことを、又、他人の事を決めつけて多くの失敗を重ねているような者であると思わされます。

 誰よりも唯一主なる神がこの私をご存知です。「主よ、あなたはわたしを極め、座るのを立つのも知り、遠くからわたしの計らいを悟っておられる。・・・」(詩編139)主イエスはペテロも私達の弱さをも全てご存知の上で御計画を着実に進められます。ペテロをその弱さと向き合わせ、立ち上がらせ初代教会の中人物に導かれたのは、私達の前を常に先だって歩む主イエスでした。「しかし、わたしは復活した後、あなたがたより先にガリラヤに行く」(28節)ボロボロの彼らをガリラヤに向かわせ、再び主イエスによって一つとされて宣教の業に大きく用いられました。彼らは裏切ったその罪に打ちひしがれたでしょう。しかし、全てをご存知で見極めておられる主イエスの深い愛に触れる事によって、本当の自分を知り弱さのまま立ち上がらせて頂きました。「卑しめられたのはわたしのために良いことでした。」(詩編119:7)私達を極めて知っておられる主なる神の前に只々、弱い自分をさらけ出し、大いに転び恥をかきながら歩む事で神の愛がしみじみと分かり、主イエスにすがって歩み出す幸いを見出すのです。
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小松川教会HP委員会

Author:小松川教会HP委員会

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