2017 / 04
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「時は近い」 ローマの信徒への手紙13章11~14節


 「あなたがたは今がどんな時であるかを知っています。・・夜は更け、日は近づいた」(11~12節)パウロがまだ生きている時代、主イエスが再び来られる(再臨)、という切迫感を持っていました。再臨の近さを弁える事は今の私達にも語られていますが、現実はピンとこないものです。しかし、「主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。・・・一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。」(Ⅱペトロ3:3~4)私達はキリストにお逢いした時、恥ずかしい事ばかりですが、憐れみの眼差しで見続けて招いてくださっています。この世での自分の輝かしい功績の報告ではなく、貧しいままキリストを着て喜んで神の御前に出る事を望んでおられます。その為の具体的な歩みを示しています(12~14節)。

 「闇の行いを投げ捨てて」(12節)とは、夜の外套を脱ぎ捨てるという意味で中途半端ではなく、きれいさっぱりと闇の業を脱ぎ捨て、光の武具を着けよ、という事です。修業して身につけるのではなくキリストを信じ、愛し、従う事によって「キリスト」を着させて頂けます。結果、自己中心を脱ぎ捨てキリスト中心の生き方に変えられ「暗闇ではなく日中を歩む」(13節)正しい生き方に導かれて行きます。正しい生き方を直訳すると良いフアッションという意味です。キリストを着るという事は私達にとって最高の礼服です。主イエスは婚宴の際に礼服を着て来ない者に対して、暗闇に放り出される譬え話をされましたように、自我という服を纏っている者に最後は厳しい審判をされます。神は全ての人にイエス・キリストを与えてくださり、良いフアッションは既に用意されていますから重ね着ではなく、1回は裸になってキリストを着せて頂きましょう。キリスト者の生活は常に肉の古い業を脱ぎ捨て、新しくキリストを着させて頂く事の連続です。来るべき時代を見据えて感謝してキリストを着せて頂き、喜んで主イエスの前に立たせて頂きましょう。
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小松川教会HP委員会

Author:小松川教会HP委員会

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澤田武主任牧師

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