2017 / 04
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「みんなの感謝祭」(収穫感謝礼拝) 民数記21章1~20節


 本日は収穫感謝日ですが、神に感謝する事を知っている私達・感謝できる私達は何と幸いな事でしょうか。聖書には神への感謝、賛美する場面が多く出てきますが、本日の箇所もそのような箇所です。

 この箇所は荒れ野における井戸開きを祝賀する歌と言われており、このあたりのアラビア人は今日でも、井戸開きを祝して歌う習慣を持っているそうです。イスラエルの民は長い間に亘って荒れ野を彷徨い、水もなく死にそうな時、かつて豊かな水の流れていた井戸の所にやってきましたが、井戸は塞がれており水は全くなく絶望的でした。その時神はモーセに「民を集め、彼らに水を与えよう」(16節)と約束されたように神は民の必要をご存知で、その解決の指示を与えられる方です。民は「井戸よ、湧き上がれ 井戸に向かって歌え。」と、祈りと神への賛美をお献げし、古井戸をもう一度深く掘った所、水は湧き上がりました。井戸の水は全く枯れてなかったのではなく、長い間人の目に隠れ、地下に川は流れていたのです。実は人の目には見えない所に最初から必要な水は溢れる程供えられていたのです。

 私達もイスラエルの民のように荒れ野を彷徨い、自分の立っている場所がカラカラに渇いて、神の恵みがないような状況であったとしてもその場で祈り、賛美をお献げするならその場で神の恵みを見出す事ができます。「わたしは乾いている地に水を注ぎ、乾いた土地に流れを与える。あなたの子孫に私の霊を注ぎ、あなたの末に私の祝福を与える」(イザヤ44:3)私達の口から祈りと賛美が湧き上がるように、日毎に新しく永遠に尽きない永遠の命に至る水(ヨハネ4:14)を与えようとしておられる神です。自分で新しい井戸を掘る必要はありません。目の前にある枯れたような古井戸を掘り起こすならば、そこに溢れるほどの命の恵みの水が既に供えられています。日毎に尽きる事のない永遠の命の水を私達に与えて養ってくださる神が私達の傍らにおります。感謝な事です。
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小松川教会HP委員会

Author:小松川教会HP委員会

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澤田武主任牧師

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