2017 / 05
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「暗闇から光の中へ」 マタイによる福音書25章1~13節


 「実にすべての人々に救いをもたらす神の恵みが現れました・・・イエス・キリストの栄光の現れを待ち臨むように教えています。」(テトス2:11~13)私達の命はこの暗闇に呑み込まれるようなものではなく、光の中に招き入れられる為に主イエスはこの世にご降誕されました。このキリスト・イエスの再びの到来をクリスマスのこの時、願い求めて行きたいものです。しかし耐え切れず気力も萎えて、この闇に呑み込まれてしまいそうになる弱い私達です。誰もがこの暗闇の中で耐え忍んで待ち望む自信などありません。神は「暗闇に耐えて気力を振り絞って生き抜け」とはおっしゃいません。闇の中を生き抜くのは頑強な人ではなく、暗闇の中で一筋の光を信じ神に繋がっている人、神を信じる人です。

 本日の箇所には10人の乙女達があまりにも花婿=キリストの到着が遅いので眠ってしまった所、突然花婿がやって来ました。5人の乙女は準備がなかった為に花婿を迎える事ができず、神に見放されてしまった譬え話が記されています。「目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。」(13節)と、信仰は目覚めていないと神を見失ってしまう、と忠告しています。

 主イエスは十字架にお架かりになる前日、暗闇に呑み込まれそうになりゲッセマネの園で、苦痛を切実に訴え御自身の思いを神の元に投げ出されました。その時、天の御使いが現れて力付けられ、祈りが終わって全ての準備が整えられました。一方弟子達は眠り込み、祈りの準備はでず、神に目を向けている事ができませんでした。主イエスですら祈らざるを得なかったのですから私達は尚更の事です。この世は暗く、人生は厳しいから神に目を向けて祈り、礼拝し続けて、暗闇の中に踏み留まり、闇の中で輝く主イエスと出逢いながら朝を待つのです。神は祈る者・礼拝をお献げする者に「わたしはお前たちを知らない」(12節)とは決しておっしゃいません。朝を待つ人間として生きる事が信仰者の歩みです。
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小松川教会HP委員会

Author:小松川教会HP委員会

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澤田武主任牧師

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