2010_12
12
(Sun)03:51

12月5日礼拝説教概要

「最高のプレゼント」 ローマの信徒への手紙8章31~39節


 「わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか。」(32節)私達人類への最高のプレゼントは、神の大切なその独り子・主イエスが救い主として神の恵みを携えて、地上に降りてきてくださったクリスマスの出来事です。最愛の独り子であるにも関わらず、徹底的にむごたらしい十字架にまで渡されたのは、私達に対する純粋な愛からです。そこまで徹底した愛を注いでくださった神ですから、私達に常に最善以下のものを与える筈はありません。洗礼を受けたという事は、この素晴らしい祝福の約束を神から受け取ったという事です。

 パウロは当時「だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。艱難か、苦しみか、迫害か・・・」(35節)と、投獄されたり、死に直面しましたが「わたし達を愛してくださる方によって輝かしい勝利をおさめています。」(37節)全てのものがキリストによって与えられており、神の愛は圧倒的な勝利で勝ち得て余りある・多額のおつりがあるという、神の愛の勝利の中に入れられたのです。彼は困難な中で自分が闘うのではなく、キリストの愛の勝利の元に静かに身を置きました。神は「誰でも私のもとに来なさい。あなたの為に十字架に架かり、全てにおいて余りある勝利を得ているから大丈夫。」と憐れみをもって招いておられます。神の愛から引き離すのは、結局置かれている状況でもなく、人でもなく、そのような状況の中、自分自身で闘おうとする心だと、パウロは自分の経験を通して言います。

 「偉大なキリスト者になりなさい」と神は仰せられません。「自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしの為に命を失う者はかえってそれを得るのである」(マタイ10:39)自分を無にした時、十字架にお架かりになり復活されたキリストが私の内で偉大となり、パウロの如くにキリストの愛から誰も引き離す事ができない事を確信する私達です。
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