2011_01
16
(Sun)18:06

最初の弟子たち

ルカによる福音書5章5~11節


●『しかし、お言葉ですから』とは、信仰の言葉である(5節)
 「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」というイエスのお言葉は漁師ペトロの耳に非常識と聞こえたが、「しかし、お言葉ですから、そうしてみましょう」と従った。これこそ信仰告白である。どんな御言葉をも信じて素直に従うのが本当の信仰者である。今朝も神は大いなる祝福を用意されて、私たちが信仰の言葉を口にするのを待っておられる。

●伝道には、共に網を引く働き手が必要である(7節)
 ペトロだけでは大漁の網は引き上げられなかった。魚が逃げる以前に力を合わせて共に網を引く働き手が必要なのである。伝道は御言葉を信じて、牧師と教会員全員が一丸となって行う時のみ成功する。

●『わたしは罪深い者なのです』とは神の御前に立った人が自身の丸裸を知って発する悔い改めの言葉である(8節)
 ペトロは驚愕の大漁によって漁師の誇りを打ち砕かれ、イエスの中に神の姿を拝し、全き聖なるお方を拝したからこそ、己の罪深さを知った。今朝、聖き神は私たちに罪を気付かせて下さり、「わたしは罪深い者なのです」という悔い改めの言葉を待っておられる。

●『もはや恐れるな(これから後は安心しなさい)。今から後、あなたは人間を生け捕る(捕らえて生命を与える)漁師になる。』とは神の御子イエスが確約された招きの御言葉である(10節)
 神の御子イエスの招きの御言葉は2000年の時を越えて私たちにも及んでいる。ペトロたちが主イエスの御言葉を信じて『すべてを捨てて従った(11節)』時、全生涯を主に委ねた彼らに、確約された御言葉は成就した。

 今朝、私たちが「しかし、お言葉ですから」と主の御言葉を信じ従うなら、私たちは大いに祝福され、主イエスの弟子として、喜びと栄光に満ちた小さな第一歩が始まる。恐れずに、主を信じ、主に従おう。
スポンサーサイト