安息日の主
2011/02/13(Sun)

ルカによる福音書6章1~11節


 ユダヤ教では安息日である土曜日に礼拝するが、キリスト教では主イエスが復活された日曜日を安息日として礼拝を守っている。

●安息日は神が私たちに与えて下さった休息の日である。
「そして、彼らに言われた。『人の子は安息日の主である。』」(ルカ6:5)
安息日は人類に対する神の愛の現れであり、出20:10b、出23:12b、出31:13bなどにその精神が記されている。ファリサイ派はモーセの律法に様々な規定(口伝律法)を加えてイスラエルの民を束縛し滅びへ向かわせたが、主イエスは父なる神から頂いた愛の精神に基づく律法解釈(マタ22:37-40)を説き人々を救いへと導かれた。安息日は神が私たちに与えて下さった休息の日である。休息を与え給うた神に感謝しよう。

●安息日には善を行い、生命を救うべし。
「そこで、イエスは言われた。『あなたたちに尋ねたい。安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、滅ぼすことか。』」(ルカ6:9)。
主イエスほど神の目に善なることを追い求めたお方はいない。どんな時にも躊躇なく私たちに善を行い、私たちの生命を救われた。人々に善をせず人々の生命を救わないことは、主イエスの目には即ち悪を行い滅ぼすように映る。私たちにもキリスト者だからこそ出来る善がある。躊躇することなく世の人々を教会にお招きし、生命と魂の救いへ導こう。

●『人の子は安息日の主である。』
私たちが熱き信仰を以てこの御言葉を振り返る時、「人の子」とは私たちの救い主、主イエス・キリストであることを確信する。私たちの罪を全て担い、御自ら十字架に架かって私たちを贖われたお方である。イエス・キリストこそ私たちの主である。そのお方が復活された日はなんと素晴らしい日か。私たちは日曜日を安息日として礼拝を捧げ、主の復活を祝うのである。

ハレルヤ!『人の子は安息日の主である。』
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