2011_05
15
(Sun)20:23

キリストの証人

ルカによる福音書20章27~40節


週毎の礼拝において、復活されたイエス様の恵みと力を頂いております。復活の命の恵みは教会でしか語られない事であり、教会に集められた人々にとっての特権でもあります。死んだ後の復活の世界、天国をどのように考え、どのように求めているでしょうか?

 復活に関しての問答が記されていますが、復活の体も世界観もこの世を基準としたものだったので(27~33節)「あなたたちは聖書も神の力を知らないから、そんな思い違いをしているのではないか」とマタイ22:29等で、主イエスは誤りを指摘されました。復活後の世界は「もはや死ぬことがない。天使に等しい者であり、復活にあずかる者として、神の子だからである。」(36節)と、罪にまみれた肉の体の延長ではなく、この世とは全く異なった世界で天使に等しい霊の体とさせて頂けるのです。「天上の体と地上の体があります。しかし、天上の体の輝きと地上の体の輝きとは異なっています・・・霊の体が復活するのです・・・わたしたちは皆、今とは異なる状態に変えられます。」(Ⅰコリ15:40~54)私達は特別なものは何一つない一介の罪びとですが罪赦されて永遠の命・復活の命を頂き、この世にはない希望と喜びを土台として歩めるように既に保障されています。

 伝道者パウロは想像を絶するような苦難の人生でしたが、現実の苦しみに一切捕らわれる事なく、復活の命の喜びを人生の中心に置いていたからこそ「現在の苦しみは、将来わたしたちに現されるはずの栄光に比べると、取るに足りないとわたしは思います。」(ロマ8:18)と言い切っています。キリスト者としてそのように力強く証しながら生きたいものですが、現状に振り回され信仰が問われる時があります。しかし、主イエスは私達の信仰の弱さや危うさをご存じでおられ、苦難の現実に復活の主ご自身を現してくださいます(37~38節)。主イエスご自身がこの世の苦しみを突き抜けて復活されたように、神と共に歩む者は復活の主イエスに出会いながら、一つ一つ導いてくださり天の国に向けていよいよ目が開けていきます。そうしてキリストの証人として歩む私達とさせて頂けるようになります。復活の命が最大の希望ですから、今の苦しみは取るに足りないと言い切れる人生は豊かです。
スポンサーサイト