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聖く化ける
2011/06/26(Sun)

使徒言行録15章7~11節,ペトロの手紙一1章13~19節


 主イエスの十字架によって罪から救われ、神の子として新しく生まれた人をキリスト者と呼び、キリスト者となった瞬間から罪から清められた者とさせて頂けます。「きよめ」とは、汚れを除く、という意味で、人の中にある罪の習慣、性質、思い、癖等を焼き尽くす神の行為です。「あなたがたは聖なる者となれ。わたしは聖なる者だからである。」(Ⅰペテロ1:16)と、神は聖なるお方ですので、私達にも聖なる者となるように求めておられますが、直訳すると「わたしは清い、だからあなたが方は清くなるのは当然である。」と、なります。神は不可能な事は要求されません。神が清いから神の子となった私達もきよくなれるという事で、これは希望のお言葉です。

 キリスト者となって既にきよめられた、といえども罪を全く犯さなくなったのではなく、未だ罪の根は残っています。神に従うか否か、正しいと分かっている事を行うか、悪いと分かっている事をおこなって罪に屈するか・・・いつも試験をされているような危うい部分を持っていますから、常にきよめられないとなりません。

 自分の中にある罪を自分で清くする事はできませんが、神が為してくださいます。「人の心をお見通しになる神は、わたしたちに与えてくださったように異邦人にも聖霊を与えて、彼らをも受け入れたことを証明なさったのです。また、かれらの心を信仰によって清め・・・」(使徒15:8)聖霊は特別な人にではなく、全ての人々に与えられて救われ、更に信仰によって清めて頂けます。「・・御子イエスの血によってあらゆる罪から清められます。」(Ⅰヨハネ1:7)「きよめます」とは現在進行形で、主イエスの血によって、きよめ続けられる私達です。その為に人間側に必要な事は、神に自分を完全に明け渡す事です。キリストがこのような罪深い私の身代わりとなられ、十字架にお架かになってくださった為に罪の性質から清め続けてくださいます。自分が頼りにして握りしめているものを離して「きよめてください」と心から求め続けるだけで良いのです。「わたしに向かって『主よ、主よ』という者が皆、天の国に入るわけでない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入る」(マタイ7:21~23)神の御心は清めを求め、清められる事です。
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