2011_08
14
(Sun)07:01

キリストの心

ガラテヤの信徒への手紙6章1~10節


はじめに:人間をこよなく愛する父なる神の御心(ヨハ3:16)と「キリストの心」は常に一つです。キリストはその愛ゆえに、十字架の血潮によって全人類が本来の清き姿に戻り、神の国へ無事帰国することを望まれました。その御心は「わたしの心だ。きよくなれ」(新改訳マタ8:3)との御言葉によって端的に示されています。主は弟子たちに「互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」(ヨハ13:34)と命じて「愛の律法」をお与えになりました。

第1: あなたがたは“霊”に導かれて生きていますか?(ガラ6:1)
 ガラ5:16-26に基づいて吟味しましょう。
「はい」あなたに結実した霊の実「愛」と「柔和」を以て、兄弟姉妹を正しい道に立ち帰らせなさい。あなたなら出来る!主が望んでおられます。
「いいえ」→(彼らと同様に)あなた自身も(あなたの肉の欲望に)誘惑されないように、まず自分に気をつけましょう。(6:3-4,7-8に注意。)

第2:互いに重荷を担い合い、キリストの律法を全うしょう(ガラ6:2)
 「重荷」とは罪に悩む心。信仰の歩みが弱く誘惑されて罪を犯してしまう悩みです。しかし私たちには尽きせぬ愛が注がれています。愛する兄弟姉妹が罪に悩んでいて、どうして見過ごしていられるでしょうか。互いに悩みや苦しみを打ち明け、同情し、涙し、祈り支え合う。その時すでに私たちはキリストの律法を全うし、キリストの香りを放つ「愛の人」なのです。

第3:めいめいが、自分の重荷を担いましょう!(ガラ6:5)
 「自分の重荷」とは「自分の罪の結果に対する責任」です。「他人に対しては誇ることができない自分」「自己に誇るべき物が何ひとつない自分」とは、「自分の罪深さをハッキリと認めることができた人」です。

おわりに:私たちは今朝もう一度「キリストの心」を覚えました。「わたしがあなたがたを愛したように」という愛の深さを以て、互いの重荷を担い合い「キリストの愛の律法」を全うし、キリストの香りを放つ「愛の人」とされたい、“霊”に導かれて生きる者へと変えられたいものです。日々、祈り求めましょう。
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