大丈夫、恐れるな
2012/08/26(Sun)

マルコによる福音書4章35~41節



 主イエスはいかなる時も神に信頼し、信仰に生きる事を望んでおられますが、時として神を見失ってしまうような私達です。主イエスと共に寝起きしていた弟子達ですら嵐に遭遇し「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」(38節)と、不信仰に陥った上にくってかかっています。

 この時の彼らの状況はというと、「湖の向こう岸に渡ろう」(35節)という主イエスのお言葉に従い、主イエスと共に船に乗り込み、向こう岸へと船出したのです。私達も同じような経験をします。主イエスにお従いし、共に歩んでいても平安な歩みが保証されている訳ではありません。しかし、信じる者を守ってくださる神の約束を信じ切る事によって、神と出会わせて頂けるのです。
 

 弟子達のパニックの中、主イエスは眠っておられました。人間側からは、目前の激しい突風しか見えず、神の助けはないように思いがちですが「主イエスは起き上がって、『黙れ、静まれ、なぜ怖がるのか。まだ信じないのか。』」(39~40節)と仰せられます。始めから共におられたのですから、そもそも恐れる必要はなかった筈です。しかし、弟子達に対する主イエスの憐れみと救いを体験させて頂き、彼らは神の御業をこの時見せて頂きました。「いったい、この方はどなたなのだろう。命じれば風も波も従うではないか。」(41節)と、恐れ驚いた姿は私達の姿でもあります。人生には嵐が何度も襲ってきますが、その度に助けられて主イエスの恵みの大きさ、深さに常に驚かされつつ、神の御力を体験させて頂きます。信仰生活は、神の御業に対する驚きの繰り返しであるとも言えます。そうして神に信頼しながら歩むように導かれていきます。

 神への信頼を貫き通したダニエルという少年の信仰の勝利と祝福が旧約聖書に記されています。ユダ王国は当時のバビロン帝国の攻撃により破壊され、多くのユダヤ人がバビロンに強制移住させられ、祖国を離れ悲劇の中で信仰が何度となく試されました。命の危機に度々見舞われても、主なる神に絶大なる信頼を置き続けました。「わたしたちのお仕えする神は…必ず救ってくださいます。」「…自分の神を知る民は確固として行動する」(ダニエル3:17、11:32)

 人生の嵐の中、既にそこにおられる主イエスを見出し、救ってくださる主イエスがここにおられる事を信じて歩む事ができるように、神はその道を整えてくださっております。「助けを求めてあなたに叫び、救い出され、あなたに依り頼んで、裏切られたことはない。」(詩編22:6)  救いは主のもとにあります。
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