2014_03
09
(Sun)10:30

気をつけていなさい

マルコによる福音書13章14~23節



 「・・・神が天地を造られた創造の初めから今までになく、今後も決してないほどの苦難が来る」(19節)世の終りの前兆について記されています。エルサレム神殿が崩壊する時がやってくるので「悟りなさい、逃げなさい、祈りなさい」と、主イエスは警告を発しておられます(14~18節)。正に現実となり40年後の紀元70年に、エルサレムは陥落しました。この時、主イエスの御言葉より、エルサレム神殿を拠り所としている大勢の人々は、焼け落ちる神殿と共に命を落としたと伝えられていいます。

 私達の生活の中でも自分は全く無力と感じ、逃げるほかない、祈るほかない、という苦しみや試練を経験します。しかし、そのような時に神の御手が確かにそこにある、という事を本日の箇所から教えられます。「主がその期間を縮めてくださらなければ、だれ一人救われない。しかし、主は御自分のものとして選んだ人たちのために、その期間を縮めてくださったのである。」(20節)主はご自身が選ばれた神の民のためにその御手を動かしてくだっているのです。

 「選んだ人たちのために」という言葉がありますが、20,22,27節に3回も「選び」という事が記されています。「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。」(ヨハネ15:16)私達には選ばれる資格など何一つありませんが、神の御愛は何の価値もない人間を一方的に選んでくださっております。信仰とは、神が選びの民に与えるもので、その与えられた信仰は最後まで神が確実に守ってくださるのです。そして、苦難の時にその御手を動かしてくださるのです。

 戦前、戦中、戦後と日本の教会もまた時代の荒波に翻弄されてきました。国家による弾圧により致命的な打撃を与えたかに見えましが、主の御手が働かれ教会を再建復興し伝道を展開し、今日の礎があります。教会の使命は何年という時を刻む事ではなく、「終りの日に向かって」絶えず前進していく一つの群です。苦難の時に生き抜けるのは、頑強な人ではなく、そこにイエス・キリストの御手が働らいてくださると信じる人です。主イエスが最後まで私達の信仰を支え続け、救いに至らせてくださる事を信じ抜く群が教会です。私達も選ばれた者として、教会に存在しています。信仰を守る事に精一杯になりがちですが、苦難の時にどのように御手が働いてくださるかを期待する者でありたいです。
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