2017 / 05
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使徒言行録2章14~21節

佐々木良子牧師

 主イエスが約束された聖霊が降った時(ペンテコステの出来事)、人々は様々な反応をしました。受け入れる事ができない人々は、ぶどう酒に酔っていると嘲りました(13節)。そこでペトロは立ち上がり、旧約時代から預言されていた事をヨエル書から引用し御言葉をもって語りました(17~21節)。

 「神は言われる。終わりの時に、わたしの霊をすべてに人に注ぐ。すると、あなたがたの息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る。わたしの僕やはしためにも、そのときには、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する」(17~18節)旧約時代「神の霊」は預言者や王などのある特定の人にしか注がれませんでしたが、ペンテコステの時に姓別、年齢、身分を超えて神が御自身の「霊」を「すべての人」に注がれると約束され、その通りに実現しました。ですから私たちは今、親しく神の名を呼び、交わらせて頂き、御言葉を理解する事ができるのです。神との道が一直線に開かれています。

 「主の名を呼ぶ者は皆、救われる」(21節) 立派な人が天国に行けるのではなく、イエス様を「神の子」、私の「救い主」と信じる人は、全ての人が救われると宣言されています。「助けてください。自分には何もない」と、呼び求めないと生きられないような、弱い人々の為の救い主でおられます。だから、この救い主を私たちは誇りにするのです。

 キリストの十字架により、私たち罪びとが天に帰るためにその道が開かれています。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」(ヨハネ14:6)自分で努力して切り開いていくのではなく、既にキリストの道が開けていますから、その道を辿るだけです。「・・・土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。」(創世記2:7)私たちは何者でもなく、神が命や息やすべてのものを司っておられます。全ての祝福はただ神の恵み、恩恵、憐みによるものですから、強がらず神に助けを求めて生きていけば良いのです。「あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて、聖書を研究している。ところが、聖書はわたしについて証しをするものだ。それなのに、あなたたちは、命を得るためにわたしのところへ来ようとしない」(ヨハネ5:39~40)。人間の罪を赦す恵み深い主イエスは、今も両手を広げて全ての人を待っておられます。
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小松川教会HP委員会

Author:小松川教会HP委員会

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