2017 / 04
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使徒言行録19章11~20節

澤田 武師

主題聖句  「イエスのことは知っている。パウロのこともよく知っている。だが、お前たちは何者だ。」  15節b

 毎年8月第1主日は教団行事の「平和聖日」です。イエス様の十字架は、「神と人間との平和」を表します。わたしたちは「平和を実現する者」クリスチャンという名前は、平和を造り出す働きが委ねられた者の名前です。聖書はエフェソ伝道によって表された3つの証を記しています。

 最初は「神の証」です。「神はパウロの手を通して、身に着けていた手ぬぐい、前掛け」をも用いて「病人の癒し」や、「悪霊を追い出すこと」を行ったと記しています。聖霊が働かれる時には、日常でさえ奇跡を行う道具になります。パウロは、この奇跡が神の力以外の、何ものでもないと確信しています。私たちの日常の中の当たり前が、日々起こっている出来事が、実は“奇跡”なんだと信仰は判らせてくださる。私たちは「日常の全て」を通して、イエス様の証人として生きているでしょうか。

 次の証は、祈祷師たちを通しての「悪霊の証」です。彼らにパウロの奇跡は大変な誘惑でした。イエスの名を「試みに」に用いて悪霊を追い出そうとしましたが、悪霊は「イエスのことは知っている。パウロのこともよく知っている。だが、いったいお前たちは何者だ」と言い返され反撃を受けます。悪霊は、真実しか話しません。悪霊はイエス様が神であり、その御力にはかなわない。それに従うパウロもイエス様に完全に従う者として神の特別な配慮がある者であることを証しています。見せかけの信仰は、悪霊が一番よく知っています。

 この出来事は、「民の証」になりました。「エフェソに住む者に知れ渡り、人々は皆恐れを抱き、主イエスの名を大いにあがめるようになった」と。さらに、悪行の告白、悔い改めを行う者へと変えられました。主の御力を知った者たちは、それまでの自分では生きてゆけません。不完全な信仰生活で生きてゆけなくなりました。それぞれが罪を告白し、罪を捨て去り「主の御名」の御力を得る者へと変わりました。

 聖書の中で一番厳しい御言葉は「あなたたちのことは全然知らない。不法を働く者ども、わたしから離れ去れ」ではないかと思います。「主よ、主よ」と呼ぶその声の中にも「試み」があり、「誘惑」に陥った者の声があります。完全な服従から離れてしまっていることです。「いったいお前は何者だ」と問われたら、わたしはクリスチャンです。いかなる時にも名乗りたい名前です。わたしたちの証です。
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小松川教会HP委員会

Author:小松川教会HP委員会

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澤田武主任牧師

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