5月3日 礼拝説教概要 佐々木良子牧師
2009/05/09(Sat)
「創られた者の代表」 創世記1章26~31節  

 人とはいったい何者で、何の為にこの世に存在しているのでしょうか? 一度は疑問に思ったのではないかと思います。私達はこのように生かされていますが、意味なくしてこの世に存在しているのではありません。
神の御心によって人が創造された事が本日の箇所に記されています。

 この地球上には私達以外の動植物が存在していますが、全て神によって造られ、最後に神は人を造られました。神は人に対してのみ「造ろう」という意志を現しています(26節)。これは私達が生きる上で知っておかなくてはならない重要な事です。人は造られた物の単なる一つではない、という事を示しているからです。動植物は唯、造られたままの存在で、人間の為に用意された物の一つにすぎません。
 しかし神は人を創造するにあたって「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう」(26節)と意志を表明しております。これは神御自身の決意として人を自分に似せて、神の似姿として造られた、という事で、聖書で語っている人間観の基本です。
 その意味する所は相手方、パートナーとして造られ、神と対話できる存在である、という事です。人間だけが神と向き合う事ができる者で、呼べば応える存在として人を創造されました。
 神はご自分の業を知り、神の大きさ・深さに感謝し讃美する者を求めています。人はいつの時代も神を求めて歩く動物ではないでしょうか。

 ユダヤ民族は王国が滅亡しバビロンという大国に連行され捕虜生活を強いられ、希望が見えない困難な中、天地創造された神を見上げ、苦しみを乗り越えました。その失望の最中に創世記1章が記され、闇から光を造る神を見て希望が与えられました。人は人生が暗闇の時、人生の結論と思ってしまいますが、結論ではなく、闇の中に光を見せて頂く神との出会いの始まりです。
 偉大な伝道者パウロ語っています。「わたしたちとしては死の宣告を受けたおもいでした。それで自分を頼りにすることなく、死者を復活させてくださる神を頼りにするようになりました。・・・わたしたちは神に希望をかけています。」(Ⅱコリ1:8~10)

 造られた者の代表として私達も神を讃美して参りましょう。 
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