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神は共におられる
2016/12/11(Sun)

マタイによる福音書1章18~25節

澤田 武師

主題聖句 「マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」 1章21節

 マタイは福音書の最初に、アブラハムから始まり、イエス様に続く壮大な系図を記しています。ユダヤ人は自らの存在を証詞するために、系図をとても重要なものと考えていました。系図には「…よってもうけた」と、彼らは人間として生まれたことを記しています。「そしてイエスがお生まれになった。」イエス様だけに用いられている言葉です。イエス様は神様のご計画として、神様が人間としてお生まれになった、救い主としてお生まれになったという事実を示しています。

 「夫ヨセフ」この名はマリアと婚約をしていることを現しています。しかし、妻マリアはヨセフにとても信じることの出来ない現実を告げました。「正しい人」であるからこそヨセフの苦悩はとても深いです。「表ざたにするのを望まず。」マリアのことは忘れてしまいたい。人間ヨセフの愛の限界が見えます。

 主の天使はヨセフに「ダビデの子ヨセフ」と呼びかけます。「恐れず妻マリアを迎え入れなさい」そして「その子をイエスと名付けなさい。」名前を付けるとは、とても重要なことを表わしています。それは全てを受け入れることです。ヨセフは神様の愛を受け入れました。マリアを妻として受け入れました。全てを神様の愛に託した時に、十字架の贖いよって、すべての人の罪の贖いと救いの道が開かれたのです。

 ヨセフには、イエス様が十字架への道を歩む、その最初の使命が与えられたと言えます。使命とは、その目的のために、命を使う。命を削る。命を捨てて生きることの覚悟です。それが復活の勝利と栄光に至る道であったとしても、今はまだ、だれも神のご計画であるとは理解できません。
 
 ヨセフは行動をもって証します。ベツレヘムへの旅、宿屋を探す。神様はイエス様がお生まれになった後でも、親子の命を守るためにエジプトへ逃げること、新たな土地で生活をすることをヨセフに託されました。ヨセフこそ「神は我々と共におられる」生涯をかけて証し続けた人物ではないでしょうか。
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