2016_12
18
(Sun)10:30

飼葉桶の救い主

ルカによる福2書1~7節

澤田直子師

ルカによる福音書2章1~7節は、クリスマスがどんなふうに始まったかをよく表しています。ルカは、この出来事が事実であったことを証明するために、当時の重要な出来事を記しています。アウグストゥスは初代ローマ皇帝で、人頭税をもれなく徴収するために住民登録を行いました。

 ヨハネとマリアが住んでいたナザレからベツレヘムまでは約140キロあるといいます。徒歩旅行では2週間以上かかったでしょう。しかし、この期間は、ヨセフとマリアが二人きりで、天の使いの言葉を話しあう絶好の機会になったのではないかと思います。正式な結婚前に身ごもったマリアが、村の人々の好奇の目や中傷から逃れる事にもなったでしょう。ローマ皇帝の命令の中にも神様の御計画を感じることができます。

 当時の宿屋については様々な憶測がなされています。商業目的で旅をするキャラバン隊のために、中庭を囲むようにして、小部屋を作り、すぐ外に出られる角の部分を家畜小屋にしたようです。この時は、住民登録のために来た人々が多かったので、家畜小屋に空きがあったのでしょう。初めての赤ちゃんを産むマリアには、付き添う婦人もなく、ヨセフだけが頼りでした。

 クリスマスの讃美歌には、イエス様をお迎えする家はなかった、でもどうぞわたしの心に来てください、というような歌詞があります。(参照:聖歌136番)しかし自分の心をしみじみとのぞいた時、わたしたちは、イエス様をお迎えするのに、家畜小屋以上の、飼い葉桶以上の物を用意して待っていると言えるのでしょうか。

 教皇ヨハネ23世の祈り『イエスよ、ごらんください。これがわたしの心です。わたしの魂は貧弱で、得に欠けています。わたしのたくさんの不完全さでできたわらくずは、あなたを刺し、あなたを泣かせてしまうでしょう。しかし主よ、これがわたしの持ち物のすべてなのです。』それでもイエス様は、飼葉桶に来てくださるお方です。わたしたちに光がなくとも、イエス様が光となって来てくださいます。この光によって、愛すること、赦すこと、助けること、清くあることに導かれて行きましょう。
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