苦難の果てに

2017.06.18 10:30|2017年度

使徒言行録27章39~44節

澤田直子師

 陸地に近づき、ほっとしたのもつかの間、パウロたちに再び命の危険が迫ります。船には何人かの囚人が乗せられていました。中には処刑されるためにローマまで連行される者もいたでしょう。一か八か、海に飛び込んで逃げきれれば、と考える囚人がいても不思議ではありません。一方、ローマの兵士にとっては、囚人を逃がせば重い罰が待っています。ならばいっそのこと、船の上で殺してしまえばいい、ということになります。しかしここで、パウロの存在が彼らの命を救います。百人隊長がパウロを助けたいと思った、これは、神様が彼にそういう思いを持たせた、ということでしょう。

 これこそがクリスチャンのあるべき姿です。創世記18章には、ソドムを滅ぼそうとする神の使いに対して、アブラハムが、「その町に正しい人が50人いたら、30人なら、」と食い下がり最後には10人いれば滅ぼさない、という約束を取り付けます。クリスチャンとは、この10人のようなものです。

 船にはパウロとアリスタルコとルカの3人のクリスチャンがいました。日常的に、一緒に祈り、賛美をしていたでしょう。百人隊長は、パウロたちの姿に、キリストの真理を垣間見たのでしょう。これは、イエス様の十字架の死を見届けた百人隊長が 『本当に、この人は神の子だった』 と信仰を告白したことを思い起こさせます。

 一人のクリスチャンがいるということは、そこで完結するのではなく、その一人が世に発信する何かによって、誰かの心が目覚める可能性をはらんでいるということです。世界中のクリスチャンが、キリストに倣う者、キリストに似た者として、それぞれの日常の一部を捧げています。その姿が、まだキリストを知らない人々にも届いているのです。

 神様を信じる人生には、苦難や悲しみはない、ということはありません。神様は、その信仰に合わせて問題を出されます。試験の性質上、上級者になるほど問題は難しくなります。神様からいただく問題を四苦八苦して解く信仰者の姿を、世が見ています。どんな試験でも、まず名前を書き、問題文をよく読むことが大切です。名乗りをあげて、神様の問題にチャレンジしましょう。
スポンサーサイト

テーマ:聖書・キリスト教
ジャンル:学問・文化・芸術

01 | 2018/02 | 03
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 - - -
プロフィール

小松川教会HP委員会

Author:小松川教会HP委員会

小松川教会は、「聖書は神の言葉、全人類にとっての救いの言葉」と信じる健全な聖書信仰に立つプロテスタント教会であり、全国に約1700余教会ある日本基督教団に属しています。
モルモン教、ものみの塔、統一教会とは一切関係ありません。
澤田武主任牧師

澤田武主任牧師


澤田武主任牧師


澤田直子牧師

最新記事

最新コメント

カテゴリ

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

QRコード

QR