2017 / 05
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「アブラハムの失敗」 創世記12章10~20節

 アブラム(アブラハム)は神のお言葉に従い信仰の旅をしていましたがその地方にひどい飢饉が起こり、一族はエジプトに避難せざるを得なくなりました。その事によって彼は思わぬ失敗を犯す事になりました。
 エジプトに滞在するに当たり、彼はエジプト人に対しての偏見から多くの不安を抱き、考え悩み抜いた結果(12節)、妻のサライを妹と偽る事が最善と結論を出しました。「・・・わたしの妹だと言ってください。そうすれば私はあなたのゆえに幸いなり、あなたのお陰で命も助かるだろう。」(13節)。嘘によってサライがこれからどのような目に遭遇するかは考えず、自分の幸せと命の保証が最優先でした。
 
 人を裏切っても自分が幸せになり助かりたい、という自己中心性は私達も当てはまります。その結果サライはエジプト王に召し入れられ、アブラムは彼女のゆえに多くの幸いを得た、とありますが惨憺たる結果でした。しかし、神はサライをアブラムの元に戻す為に王と宮廷の人々が恐ろしい病にかかる、という思いもよらない介入によりサライを救い出しました。

 彼の失敗の原因は、今迄はその都度祭壇を築いて神の声に聞き従っていましたが、エジプトに出向く時には、今迄の信仰生活の経験、知識が優先し、神の声を聞かなかった事です。モーセという指導者は水がなくなった時、2回神の声を聞きましたが、2回とも神の指示は違いました。しかし一度目も二度目も同じと思い込み、大きな失敗を犯しました。
 同じような状況であっても、神の声は決して同じではありません。信仰には蓄えや経験はありません。その都度毎日神の声を聞く事が信仰です。

 イエス・キリストは十字架にかかる直前もいつもの場所でいつものように祈ったと記されています。信仰生活は毎日同じようにひたすら祈っていく地味な作業の積み重ねですが、この基本を繰り返す事が全ての希望・祝福の道へ繋がる最短コースです。
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小松川教会HP委員会

Author:小松川教会HP委員会

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澤田武主任牧師

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