2017 / 04
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「不信を砕く神」 創世記18章1~15節

 アブラムと妻のサライは神から祝福の担い手として、アブラハム(意味=多くの国民の父)サラ(意味=女王)と、改名して新しい歩みを始めました。来年の今頃男の子が生まれると、今迄にはない具体的な約束を頂きましたが、依然として子供が与えられないサラは年齢的な状況等から絶望の笑いをしました。神は「なぜ笑ったのか、なぜ年をとった自分に子供が生まれるはずがないと思ったのだ。主に不可能な事があるだろうか」(13節)と、サラの不信仰を指摘されました。

 神から頂く祝福の約束を現実の困難や疑いから、自ら不可能と決めつけその道を閉ざしてしまうのが、サラのみならず誰もが持っている人間の弱さです。神の業・約束を疑う時、自分を神から切り離してしまい罪に陥ります。

 「神にできない事は何一つない」という声を信じたマリアは主イエスを身ごもりました。廻りの人が不可能と判断し笑おうが、神は約束された事を必ず成し遂げるお方です。「私にできなくとも、神にはできない事は何一つない」と信じ切る事が信仰です。

 重荷・困難がある時にこそ忍耐を持って信じ続けるなら必ず約束は実現されます。それ迄が正に試練ですが、神は私達を信頼しておられるから訓練として試練を与えられます。どんなに私達が不真実であっても神の真実は変わる事はなく、私達に対する約束を神は断念したり放棄されたりはなさいません。

 「私達が誠実でなくても、キリストは常に真実であられる。キリストは御自身を否むことができないからである。」(Ⅱテモテ2:13)とありますように、神の真実の中に既に入れられ、見出された人間として祝福の中に生かされている私達です。不信仰によって救われている命を忘れないように、自分を信じるのではなく、神を信じ委ねて日々感謝をお献げしたいものです。
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小松川教会HP委員会

Author:小松川教会HP委員会

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澤田武主任牧師

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