2017 / 04
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「十字架に身を委ねる」 ルカによる福音書23章32~49節


 イエス・キリストの十字架は信仰の中心ですが、本日の箇所には主イエスの十字架の他に二人の犯罪人が十字架に架けられた姿があります。この2本の十字架からも大いなるメッセージが語られています。


 十字架上の主イエスの隣には十字架に架けられるしかない、救われようもない犯罪人が「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、私を思い出してください」(42節)と、主イエスを信じ、主が神の子キリストである事を確信したキリスト者の姿が記されています。主イエスは私達が神を忘れようとも罪深い人間を覚えていてくださり悔い改めさせ赦しを与えるお方である、これが私達に対する保証であり確信です。


 「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」(34節)と、主イエスの執り成しの祈りによって今迄神に顔を伏せていた犯罪人が神に立ち帰った瞬間でした。主イエスは死の間際まで神に従い通し、御自身を苦しめ罵る罪人達の為に愛を与え続けられたその真実なお姿に、犯罪人は主を信じる者に変えられました。この方が唯一赦してくださるお方、こんな自分が赦されるなら赦されたい、と願ったのです。キリストは罪人を滅ぼすのではなく悔い改めを起こさせ、御自身を犠牲にして最後迄その愛を与え続けて下さるお方です。


 「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる。」(43節)どんなに神から離れていようともキリストの愛の及ばない所はありません。この犯罪人は差し出された神の愛を感謝し、その身に受けながら残り僅かな地上での人生を十字架上に委ねました。既に十字架がこの上ないパラダイスに変わりました。ここには目に見えない神の赦しの世界・パラダイスを見た犯罪人と、主イエスを罵り裏切る罪に染まった世界しか見えない群衆の姿があります。神に覚えられている私達は罪の世界から神の赦しの世界に招かれている事を聖餐式毎に確信して感謝しながら歩んでいます。
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小松川教会HP委員会

Author:小松川教会HP委員会

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澤田武主任牧師

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