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4月25日 礼拝説教概要
2010/05/01(Sat)
「神様との格闘」 創世記32章14~33節


 兄をおしのけて自分を守る事しか知らなかったヤコブが神から大いなる祝福を受けて、イスラエルという神の民に大転換し、神を喜び褒め称える民族の起源となった事が記されています。


 神の民とは正しい人・成功者を指すのではなく、失敗し恥ずべき人生を歩む中で神に自我を打ち砕かれて無力となった者が、神の導きと助けを受け入れる者を指します。自我を支えるものは何もなく、又、自分を守ろうとする者、自分の心に仕えて生きている者が、自分で自分を無にする事は不可能です。唯一、神と格闘し神にむしゃぶりついて、無力にさせられて恵みを頂く事しかありません。


 ヤコブは20年の逃亡生活が経過して、家族や多くの財産を得て故郷に帰る事になりました。兄のエソウを騙した事による恐れに支配され、出来る限りの知恵を用いて兄の怒りの心を和ませようと策略を練りました(32:12~21)。こじれた人間関係・ストレスの原因は兄との関係が問題ではなくヤコブ自身のプライド、傲慢さ等の罪と関わっていました。赦されない罪は何年経っても不安と恐怖に支配されるものです。その決着を問われる時が訪れ神と格闘した結果(23節以下)、身体・行動を支える軸となるももの関節が抜けるという大きなダメージを受けました。ダメージを受けて自分が立てなくなった時に自我が砕かれます。今迄は人と格闘しながら人との関係で生きていましたが、神との関係において行き始める事によって内なるものは安らぎ養われ、平安と祝福の恵みを体験させて頂けます。人は神によって創造され命を頂いた者ですから、一人の人間として生きるのではなく、神の民として関係を持ち続けて生きて行く事を神は常に望んでおられます。神の民として連れ戻す為にイエス・キリストを私達に送ってくださいました(コロサイ2:13~15)。人間として自立して成長するのではなく、神と格闘しながら神との関係を持ち続けながら打ち砕かれて神の民とさせて頂いて成長する私達です。
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