2017 / 05
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ルカによる福音書23章32~43節

澤田 武師

主題聖句 「我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。
        しかし、この方は何も悪いことをしていない。』」    23章41節


 実際の十字架刑は、見上げるような高いところにはありません。地上から約80センチのところに、十字架につけられた者の足はありました。それは見つめられるところに、手の届くところにあります。十字架につけられた者の姿、息遣い、体温を感じられるほど近くに十字架はあります。

 34節、イエス様の言葉 『父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。』 その視線の先はイエス様の十字架の意味を分からないローマ兵に、そして父なる神様に罪の赦しを得るために注がれています。
もし私が目の前のイエス様の十字架の意味が分からなかったら、ローマ兵や群衆と同じように十字架につけられた罪人としてイエス様をののしっていたかもしれません。

 43節 『はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる。』 一緒に十字架につけられた犯罪人の片方にその視線は向けられています。「わたしを思い出してください」それは、切なる、ささやかなるイエス様への願いでした。イエス様は 『はっきり言っておく』 と力強く救いの事実を告げます。

 犯罪人は嬉しかったと思います。確実に訪れる死であっても、そこでイエス様に出会い、視線を向けられて、共にいてくださる約束を聞きました。「義人は一人もいない」と聖書には記されています。罪を悔い、その中で苦しむ者にイエス様は一緒にいると約束してくださいます。

 41節 『我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない。』 十字架の前で唯一自分の罪を見つめた者の言葉です。罪を犯したことの無いイエス様から、彼は平安を得ることが出来ました。彼は救われました。

 イエス様は見ていてくださる。あなたがどんな困難の中にあるか、罪ある者としてもがき苦しんでいるか。そして「わたしと一緒に楽園にいる」と約束してくださる。私たちの救いは、この地上80センチのところにあるイエス様の十字架にあります。

マルコによる福音書15章6~15節

澤田 武師

主題聖句 「ピラトは言った。『いったいどんな悪事を働いたというのか。』」 15章14節

イエス様が背負われた十字架、そこには3つの意味があります。

 一つ目は「祭司長たちの十字架」です。祭司長たちは、誰の心の内にもある「人をねたむ」思いを扇動し、人々の間に敵意を生み出し広がって行く罪の深さ、重大性を無視していました。本来なら、彼らが罪人として、十字架に打ち付けられはずなのですが、イエス様がその十字架を背負われました。人の「心の闇」を背負われました。

 二つ目は「ピラトの十字架」です。「あの者は、どうしてほしいのか。」裁判が始まった時点では、唯一の裁きを告げる者としてピラトの存在は揺るぎません。しかし今ピラトを捕らえているのは弱さです。この弱さは、ピラトが仕えるローマ皇帝の権力、人間の「作られた権威の下にある者」の弱さです。いつの間にかピラトは自分自身を裁いています。わが身を守るその思いが、誰の心の中にもある、真理を貫くことのできない「弱さ」として現されました。

 三つ目は「群衆の十字架」です。これは「神の十字架」とも言えます。実際にイエス様が背負われたのは木の柱です。バラバ・イエスだけは、イエス様が背負われている十字架の意味を知っていたと思います。唯ひとり、目に見える、十字架で救われた者。イエス様の十字架の証人としての存在。イエス様の十字架の罪の贖いを経験した者でした。本来なら自分が背負う十字架を、歩むはずの道をイエス様が歩まれている。身代わりになってくださった。

 「神の十字架」本来なら私たちが担うはずの十字架です。しかし、全ての罪を背負い、担ってイエス様は歩まれます。イエス様しか、神の計画を実現する者はいません。

 ピラトは問います。「いったいどんな悪事を働いたというのか」どんな悪事をも担ってくださるイエス様。悪事から全ての者を救い出すために、罪から解き放つために十字架に向かわれます。

小松川教会HP委員会

Author:小松川教会HP委員会

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澤田武主任牧師

澤田武主任牧師


澤田武主任牧師


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